DDのフェーズでは、売却先の方針により、その期間や開示される情報の深度、対応のスピードが大きく変わるために、実施する前の段階で期間と対象事業の置かれた事業の環境や業界特性を踏まえて最適なスコープを設定する必要があります。買収・統合後の姿(出口戦略)を見据えた上で、特に買収価格に影響する論点を整理した上で精査のスコープを設定できるかが重要となってきます。
①市場・顧客分析では、市場規模・動向、規制状況、市場構造、顧客の購買動向などを分析し、市場の将来性を把握する。対象事業を取り巻く外部環境の把握として、マクロ環境面では、政治的要因、経済的要因、社会的要因、技術的要因などのうち対象事業に重要な影響がある要因、市場・業界動向面では、市場成長率、トレンド、市場規模、業界動向、顧客面では、現状の取引先の経営戦略・業績、販売先・最終ユーザーのニーズを把握します。
②競合分析では、競合のプレイヤー数や動向、戦略の方向性、競合会社の経営戦略、マーケティング戦略、市場シェア、競合会社との相違点などを分析し、今後対象事業が競争に勝ち抜く可能性を分析します。
③内部環境分析では過去の事業の業績のトレンドを把握した上で各指標の業界とのベンチマークとの比較分析や、対象事業の組織体制や機能の特性を分析することで、対象事業の強みや弱み(⇒改善点)を整理します。「誰に、何を、どのように提供しているのか」、「仕入先、販売先など、どのような取引先を有しているのか」、「どのような社内プロセスを経て提供しているのか」、「その社内プロセスにはどのような機能(開発、生産、販売、管理など)があるのか」、「内部統制の現状はどうなっているのか」など事業構造や内部統制の状況を把握し、対象事業の事業構造や収益構造などの内部環境を把握します。また、対象事業の「現状の利益の源泉」、「問題点」などを抽出します。
なお,ストラテジックバイヤー(同業)の場合は対象事業の、自社とのシナジーの可能性も分析します。
(Step2)現状および将来性を整理
Step1で行った各分析から、対象事業の現状をSWOT分析で整理します。特に強みおよび改善するポイントとなる弱みを十分に把握していないと、将来の方向性を決めることができません。
「経営資源の統合で強みをさらに強化できるのか、弱みを克服できるのか、将来性があるのか、ビジネスリスクはどの程度あるのか」
「販売・開発・生産・管理シナジーなどはあるのか」
「買収によって企業価値は向上するのか」
などの視点で分析します。
(Step3)将来の計画策定
将来の方向性を踏まえた上で、将来CFの改善(バリューアップ)余地を把握する。製品の事業ポートフォリオの変更やマーケティング戦略の再構築、新規製品の開発など売上改善施策と、工場の統廃合(ライン)や間接部門の効率化などコスト削減施策に分かれる。
また,買収後(統合後)の各種施策の実行状況を管理または将来の上場などの出口戦略を想定した上での管理基盤の整備などの施策も検討します。通常、コスト削減施策は大きな阻害要因(例えばリストラ余地がある場合の労務問題)がない限りは計算が立ちやすいです。ここにはリバースオークション業者などもいるためその力も借りることもありえます。一方,売上拡大余地は市場変動のリスクがあるため保守的に見積もります。
また,自社とのシナジー効果を加算する場合には統合リスクを踏まえて保守的に実施します。これらの各種バリューアップ施策を加味して、改善版の将来計画を策定します。
事業計画の骨格 (1)事業の構想・事業の構想・事業構想に至る背景(2)事業内容・技術、生産、サービスの概要・目標とする市場と顧客・経営者、経営陣の略歴
(3)環境認識・マクロの環境
a.市場規模と今後の見通し
b.市場における需要動向
c.技術、サービスの動向
d.ミクロの市場環境
e.競合技術、製品、サービス
f.競合企業の動向と自社のポジショニング
(4)事業戦略・ビジネスモデル・製品サービス開発戦略・マーケティング戦略・事業シナジー
(5)事業実行計画・設備投資計画・資金調達計画・損益計画
a.全体計画
b.部門別製品サービス別計画・キャッシュフロー計画・予想貸借対照表・エグジットの計画
(6)事業シナジー
(1) スコープの設定
冒頭に記載したとおり、DDの期間および把握可能な情報は限定されているのが通常であり(特に入札案件の場合)、対象事業の置かれている事業環境および業界特性、および買収サイドの買収目的や出口戦略により、より効率的効果的にDDを実施するために、スコープを明確に設定することが重要。例えば、市場が成熟し再編が活発な業界において買収・統合をする場合は自社とのシナジー、特にコストサイドの削減可能性を一番のポイントとし、そこを中心とした分析となる。また、買収対象が企業の一部門である場合にはスタンドアローンコストの算定(対象事業独立での負担コスト)が一番のポイントとなります。
買収サイドがストラテジックバイヤーであり、かつ今後統合を検討する際には、統合によるシナジーもしくはリスクの検証が重要です。一方,ファンドなどで将来的に数年後のIPOを方針としている場合には,IPOをするための管理基盤構築にどれくらいの期間・コストがかかるかが重要となります。
(2) コスト削減施策の検討とスタンドアローンコストの算定
①コスト削減施策の検討は、まず対象事業のコスト構造を整理し、ベンチマークとなる企業や業界平均と比較して、水準が高いコストは削減余地の可能性があると把握することから始まります。この場合の基本となる指標は、コストの絶対値もしくは売上高比ですが、比較可能な限りにコストを分解していきます。例えば会社全体の売上高総経費比率がスタートだとすると、原価,売上高労務費(原価内の),売上高労務費(販管費内の)というように費目レベルで分解したり、事業別や地域別などセグメント別にその比率を分解します。その対象事業において複数の工場を持つ場合には,工場別のコスト、ライン別のコストというふうに細かく分解し、その要因となる重要業績達成指標(KPI)、例えば稼働率や歩留まり率などへ分解していきます。これらの指標(KPI)を自社の中での横比較をする場合もあるが、通常は業界の平均値またはベンチマークとなる企業(買収企業が同業の場合は自社の数値)との数値を比較します。ここで業界の平均値もしくはベンチマーク企業よりも指標が悪い場合は、コスト削減余地の可能性があるとし、悪い理由とその改善可能性を検証します。
ポイントとしては、業務によってはコストを削減することで顧客へのサービスレベルを落とし売上が落ちることがあり、業界およびその会社の特性を把握した上で設計する必要があるという点です。
②スタンドアローンコストの算出とは、対象事業が独立した会社としての機能を有するために必要なコストを試算することです。通常、事業や会社がグループ内に属している場合、会社の機能の一部を親会社やグループ会社に依存したり、共通化することでスケールメリット活かしてコスト削減していることが多いです(例えば間接部門や仕入・物流部門など)。そのため、買収後の独立会社として考えた場合はコスト増要因であり買収金額の交渉の重要な要因となるため、その状況および金額を把握することが必要となります。通常は対象事業において、一般的な独立会社として有すべき機能・インフラを保持しているかもしくはグループ全体で共有しているかどうかを確認していくことから始め、業界の特性や事業規模を踏まえた上で、今後独立会社として必要なコストを試算します。コストの算出としては、詳細にコスト金額を計算するよりも金額の大きな項目(リスク)の漏れがないように進めることが重要。
なお、IT決済システムやITインフラに関してはグループで共通の仕組みをとっていることが多く金額も大きいため、ITDDとして別途詳細に把握する場合もあります。
DDの費用対効果実践的な観点から重要な点はDDのコストと効果を考慮したうえでのプロセス管理です。
①投資条件の優先権が確保できていない段階でどの程度のコストをかけるか
②限られた時間と予算の中で何を集中的に調査する必要があるか
③そのためにどのような体制でDDに臨むか
などの視点でDDのプロセスを考える必要があります。
初期条件として考慮すべき点は,DDの費用を負担しても取引を前に進めるだけの価値や魅力がその案件にあるか否かの判断です。事業の魅力に確信が持てずリスクレベルについて一定の心象形成ができない投資案件を深追いすることは、結果的に時間の無駄になります。案件の潜在的な価値を理解した上で、しかしそれでも限られた時間と予算の中で何を集中し調べるかを決めます。
詳細な法務DDや会計DDは優先交渉権を取得後に実施し、優先交渉権取得前のDDは対象事業の潜在価値評価に関連する重要事項に絞りビジネスDDを行うべきです。
時には、他の入札者と競業の状況の中で、売り手側は取引の実現性を担保するために優先交渉権を与える以前に相当量の情報開示を行うと共に、買い手側にDDを完了の後,取引条件の詳細かつ明確な提示を求めることがあります。このような取引では、応札者は入札に敗退すれば高額のDDコストを負担しなければならないので、売り手から見れば取引に対する真剣度を買い手に踏み絵させることにもなります。買い手は対象事業の潜在的な価値や魅力を直感的に判断しながら,DDのコストと効果を比較考量しつつ、何を、どのような体制で調べるかを決めなければなりません。