東証一部の1日の株式売買代金額を見たことがあるだろうか。2兆円前後である。今年(2020年)11月に入って,大口の海外勢が大きく買い越し,1日で7兆円弱という日もあり市場関係者を驚かせたのは記憶に新しいところである。
株に限らず証券取引所に上場されている証券は,適時開示とプロアマ不特定多数の取引参加と取引事例の蓄積により,不完全情報から完全情報に近接するシステムにになっており,上場会社の株を買うとすると,そこにはそういうルールに基づいた取引の蓄積というもので情報が時価に集約されていることを前提とすることができる。
一方,未上場会社にはそういった参加者に公開された市場システムがないので,その会社に関しては価値というのが非常にわかりづらい状態になっており,だからこそ儲かるという話になる。
正当な理論価値と取引価値との差額や,潜在的な超過収益力が全うに表現されていないと思う会社を見つけて,足元を見られて買い上がりさせられないハードネゴをするためには,躊躇なく撤退をちらつかせることができるように,「ディールフローの潤沢さ」というものが,非常に大事になってくる。
今回はそういったことを念頭にM&A案件のソーシングについて考察する。
ソーシングについて直接考察する前に,前提論議として,売却対象となった企業にとってのM&Aのメリットとデメリットについて考察する。
例えば東証一部の会社に買ってもらう場合とファンドに買ってもらう場合を比較して考えると,ファンドは基本的に一定期間保有後EXIT(売却・現金化)をする必要があり,そういう意味で,ファンドへの売却は,「経営の安定性の獲得」というのが難しいという印象を持ってしまう。一方事業会社への売却は,M&Aのメリットとして「経営の安定性の獲得」をカウントしてよいと思われる。
なお,ファイナンス的側面としては,M&Aは対象会社の経営の重しとなることが多い。というのは,LBOと言い,会社に負債をつける形で買うという手法をとることがもう大半なので,無借金経営でいい財務体質だった会社が,買われてしまった後は負債が多くのしかかり,そのために営業利益・FCFを今まで以上に出さなきゃいけないみたいなプレッシャーがかかったりすることがあります。EBITDAはこれくらい出さないといけないという財務コベナンツが銀行につけられることもあります。LBOストラクチャーはファンドの場合はMOICやIRRを厳格に問われるのでマストとなる。
売り手からすると,ファンドに売るのはそういった点でデメリットが生じる。一方,ファンドに売るメリットもある。
ファンドのメンバーは通常,金融の専門家と事業の専門家がチームになって対象企業の経営に色を添える。非常にプロフェッショナルに対象企業がすごくいい会社になる努力をするし,報酬体系としても株式価値の上昇と連動した形となっており,非常に結果にコミットした姿勢で必要なことのみに効率的に取り組む傾向があるといえる。
すかいらーくはファンドによって会社が良くなったいい例だと思われる。また,最近だと雪国まいたけが上場したが,あれもファンドが買って再上場させたという事例である。
ここまでは売却対象となった企業のM&Aのメリットデメリットの分析を,買い手主体別に考察したが,もちろんそれは売主(オーナー)に取ってのメリット・デメリットでもある。もちろん売却によりまとまった資金が受けられるのがオーナーの最大のメリットではある。そのためにLBOというストラクチャーの発明は革命的といえる。
さて,本題のソーシング活動のポイントについて考察する。
まずは自社のM&Aの目的の明確な定義が必要である。ここでは,M&A仲介会社を通じてM&A案件を探索する場合を想定する。M&A案件の発掘は,金の発掘と同じである。世の中にある星の数ほどの企業一個一個へ当たってみて,オーナーさんにアポを取り,「会社売却の意思はありますか」みたいな営業をしぶとく行い,案件化してくれるのが例えばM&Aセンターのような仲介会社である。
ここで両手仲介に批判も多い仲介会社の立ち位置について触れておきたい。
仲介会社は法的には下記の類型に該当する。商法で古くから認められている類型でである。
※商法第543条(仲立人)
仲立人→他人間の商行為の媒介を為すを業とする者
仲立人は,媒介(仲介)するだけで,当事者となって契約することはしない。分かりやすく言えば、Aさんがモノを買うために、仲立人が媒介を行った場合、代金を支払う義務はAさんにあり,仲立人は支払い義務を負わないということである。つまり,権利義務の主体はAさんにあり,仲立人は権利義務の主体ではないということである。仲立人は、不特定多数の商人と媒介契約をすることができる。
※仲立人の具体例
顧客とホテルや旅館の仲を取り持つ旅行業者
顧客と不動産オーナーとの仲を取り持つ不動産仲介業者
基本的に不動産も両手でである。いい案件ほど両手となり,片手仲介の案件は基本的に「売れ残り案件」とみなされる。
M&Aにおいても資産の譲渡の側面ということでは同様である。両手仲介ができないから,バイサイドのFA候補者に案件をばらまかせることになるわけである。
なお,業法的規制に関しては,不動産取引の分野に関しては,宅建業法という形で仲介に規制が入っているが,不動産と異なり消費者が関わらないM&Aのようなプロ同士の世界でわざわざパターナリズムな規制を求める必要はないと考えられている。
もちろん,仲介のフィーと別でバイサイドが負担するのであれば,当然FAを独自に立てることも差し支えない。また,仲介フィーの高い安いは案件の買い手にコンペティターがいるかどうか,当該案件が専任仲介か一般仲介かなどによる。仕事が何の価値に値するかという議論は需給の前にはそもそも枠外であるが,何に値するかという点を考えたとしても,案件発掘分も正当に考慮する必要があり,そこも含めて需給があって成り立っている。
「仲介=利益相反」という短絡的な図式で,私が懸念するのは,そういった仲介に対するアレルギーが,M&A案件の検討にノイズになるのではないかという点である。買い手のそういったステレオタイプが個別案件の腹落ち度に影響を与え,交渉態度が横柄になり,仲介会社に尊大な態度を取ったり,「自分たちは買ってやってるんだ」という無軌道なふるまいや無理難題の提示を招き売り主に迷惑をかけたりすることにつながったりする。その点は,価格で調整したり買収時監査やM&A契約(表明保証や買収前提条件やアーンアウト)でヘッジする前提であり,プライベートマーケットの需給に文句を言ってもしようがないので,この点をここで強調した。
買い手はM&Aが完全に「売り手市場」であることを認識しなければならない。買い手がそういった仲介会社に,「私たちはM&Aしたいです。売上10億ぐらいの会社がいいです。何かいいのあったら教えてください」と,漠然と言ってみても全く意味がない。M&A仲介会社はオーナー営業で忙しく,何を持って行ったらいいかわからないし,決まらなそうな買い手に付き合っている暇はない。
自社のM&Aの目的の定義は,例えば,自社がメーカーである場合に,エンドまでの商流の把握が卸・小売にお任せで全然弱く,結局利幅が取れないという課題があったときは,もっと商流をエンドに近いところまで確保したい,そのために卸売り業の会社やアンテナショップとなる小売業の会社を買いたい,という目的論議は可能である。
ソーシング活動のポイントの2番目には,自社が買い手として「選ばれる会社であること」,魅力的な自社案内が必要である。最近M&Aクラウドという会社は,このようなM&Aの案件の募集掲示板としてプラットフォーマービジネスを行っているが,非常に着眼点がいい。M&Aの買い手となりたい企業が自社の実績を紹介したり,社会でこんなこと実現したいというのをリアルに見せて行くみたいなところは必要になってくると思われる。
上記の点を意識して,M&A仲介会社との,目的志向の関係構築が,いいソーシングのため,潤沢なディールフローの確保のためには必要となる。
あとは,経営コンサルティング企業とか税理士とか銀行とか弁護士とか人材会社とか,M&A案件の一次情報を持っている人たちとの関係も重要である。自分たちのクライアントに企業オーナーがおり,相続対策と考えている中で,未上場株式のキャッシュ化を考えている,という情報に接したM&Aに関わるプレーヤーたちは目の色が変わる。
さらに,ITの活用についても触れておきたい。最近M&Aソーシングの世界もDXが進んでおり,不動産もかなり昔から物件がWeb化されているように,M&A案件も会員サイトで捜せるようになってきている。人材市場もそうであるように。
私がファンドにいたころは,M&A仲介会社にばかり行くなとはよく言われたものである。大学の友達とかへ行けと。慶応や早稲田など,経営人材が抱負におりそうなコミュニティへの所属が非常に武器になるのは,どの分野においても普遍的であり,M&A業界も全く例外ではない。